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志村貴子初期作品群について:①まえがき

こんばんは。

前々から志村貴子さんの初期作品について書きたいなと思いつつ、まだ何も考えられていない状況でした。今もそうなのですが。

こうやって予告をしておけばさすがに書くかなと思い、このまえがきを書いています。

志村貴子さんと聞いて、多くの方が思い浮かべる作品は、おそらく「青い花」と「放浪息子」でしょう。実をいうと私はこの2作を読んでいません。その代りと言ってもなんですが、それ以外の作品は恐らく全部読んでいます。

私が最初に出会った彼女の作品は「敷居の住人」でした。確か高校2年生の時に。

くわしい考察は置いておいて、単純な感想を述べることにしましょう。

敷居の住人」は主人公であるミドリちゃん(男の子)の中学・高校生活を描いたものです。そこで展開されるのは思春期独特の新鮮な様で気だるい日常。何かが起こって、何かが始まっている。そう思ったかと思えば、何も起こっておらず、何も始まっていない。そして、何も終わらない。

この作品を読んだ当初は、すごく面白いと思ったわけではなかったのですが、なぜか何度も読み返してしまっていました。その理由についてはこの作品のテーマと関わりがあるような気がします。

ある意味で成長の物語であり、そこで提示されているのは志村さん流の「大人になる」ことだと私は捉えています(このテーマは志村さんの初期作品に共通しているモノなのではないかな勝手に考えてもいます)。なので思い返してみると、大人になることで迷っていた自分にしっくりきたから、何度も読んでしまったのではないかなと。

また、青い花や放浪息子に関しては、それに含まれる性の問題に少し重心を乗っけているのかもしれません(あくまで予想ですが)。放浪息子に関しては、方針が初期作品である「ぼくはおんなのこ」ですでに暗示されていたのではないでしょうか。

私は「大人になる」ことを軸に考察していこうと思っています。これは大きなテーマで先に述べたように性や、社会的責任、周りとの調和、様々な問題が絡んできます。他にも、この問題は「自分とは何か」という話にもつながるでしょう(別にアイデンティティのような堅苦しい話ではなく)。

何にせよこれらについて適度にかいつまんで話をしていきたいと思ってます。夏休みをフルに使って。

最後になぜ志村さんの作品を挙げるのか、理由を述べておきます。単純に私が彼女の作品が好きで、もっと多くの人に彼女の作品を(「青い花」「放浪息子」以外のものを)知ってもらいたいからです。なので、考察と言いながらも個人的な感情は多分に含まれるかもしれません。そこはご容赦いただきたいです。

ではまた。